前橋地方裁判所 平成2年(わ)83号 判決 1990年7月20日
本籍と住居
群馬県桐生市広沢町間ノ島三八七番地の七
会社役員
小又堅志郎
昭和一三年八月一〇日生
右の者に対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官伊丹俊彦出席のうえ審理し、次のとおり判決する。
主文
被告人を懲役二年及び罰金一億円に処する。
右罰金を完納することができないときは金二〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
この裁判の確定した日から五年間右懲役刑の執行を猶予する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、株式会社アイキョーの代表取締役であるとともに、営利の目的で株式売買等を行つていたものであるが、同社経理課長宮川秋男らと共謀のうえ、自己の所得税を免れようと企て、株式売買等を他人名義で行う等の方法により所得を秘匿し、
第一 昭和六〇年分の実際総所得金額は一億三七五八万九二七五円あつたにもかかわらず(別紙1修正損益計算書参照)、昭和六一年三月一五日、群馬県桐生市永楽町一番一五号桐生税務署において、同税務署長に対し、昭和六〇年分の総所得金額が七八三九万二五〇〇円で、これに対する所得税額が一六八〇万五五〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もつて、不正の行為により、同年分の正規の所得税額五九一〇万三二〇〇円と右申告税額との差額四二二九万七七〇〇円(別紙2税額計算書参照)を免れ、
第二 昭和六一年分の実際総所得金額は一億五四一万九七三円あつたにもかかわらず(別紙3修正損益計算書参照)、昭和六二年三月一六日、前記桐生税務署において、同税務署長に対し、昭和六一年分の総所得金額が七九五一万七一〇〇円で、これに対する所得税額が一七二四万八八〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もつて、不正の行為により、同年分の正規の所得税額三六四一万七八〇〇円と右申告税額との差額一九一六万九〇〇〇円(別紙4税額計算書参照)を免れ、
第三 昭和六二年分の実際総所得金額は五億七二九二万六八九四円あつたにもかかわらず(別紙5修正損益計算書参照)、昭和六三年三月一五日、前記桐生税務署において、同税務署長に対し、昭和六二年分の総所得金額が五二四三万五〇〇〇円で、これに対する所得税額が七一六万六三〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もつて、不正の行為により、同年分の正規の所得税額三億二一三六万一五〇〇円と右申告額との差額三億一四一九万五二〇〇円(別紙6税額計算書参照)を免れ
たものである。
(証拠の標目)
判示全事実について
一 被告人の当公判廷における供述
一 被告人の検察官に対する平成二年三月二日、同月一四日、同月二〇日、同月二二日付各供述調書
一 宮川秋男(平成二年三月二日、同月一四日付)、相原文彦(二通)、山下克博、髙市欣哉、堀秀一、関口征三郎の検察官に対する各供述調書
一 大蔵事務官作成の売買回数調査書、売買株数調査書、有価証券売買益調査書、支払利息調査書、保護預り料調査書、振込手数料調査書、租税公課調査書及び配当所得調査書
一 桐生税務署長作成の回答書
一 検察事務官作成の「株式売買回数調べ」と題する書面
一 検察官外三名作成の合意書面
判示第一の事実について
一 被告人の検察官に対する平成二年三月一六日付供述調書
一 宮川秋男(平成二年三月一五日付)、保坂昭二、小又芳美、小又美貴子、小又竜志郎の検察官に対する各供述調書
一 大蔵事務官作成の買取請求料調査書
判示第二の事実について
一 被告人の検察官に対する平成二年三月一七日付供述調書
一 宮川秋男(平成二年三月一六日付)、森田栄一(同月一三日、同月一六日、同月一七日、同月一八日-五四丁-、同月二二日付)、原田健次(二通)、沖山良夫の検察官に対する各供述調書
判示第三の事実について
一 被告人の検察官に対する平成二年三月一八日付供述調書
一 宮川秋男(平成二年三月一七日、同月一八日-二通-付)、森田栄一(同月一三日、同月一六日、同月一八日-五三丁-、同月二〇日付)、原田健次(一七丁)、田島富治、成田明、笹岡登、丹羽利明(二通)、丹羽春雄(二通)、小又邦明(二通)、千秋廣(二通)、森下久(二通)、大河内一二三、笹岡武要、蓮沼光次、河野勝司、小又康則、田中淳市、野村ナナ子、高田哲三、須永正二、三代川英雄、原田純子、原田進、多田寿郎、中良雄、大橋理、堀田吉行、高川晴行、福田賢司、関口誠、樋口敏夫、住吉健一、神山進、大出誠の検察官に対する各供述調書
一 大蔵事務官作成の名義書換料調査書、品借料調査書、株式等取引口座の混合状況等調査書
一 検察官作成の捜査報告書
(法令の適用)
被告人の判示各所為はいずれも刑法六〇条、所得税法二三八条一項に該当するところ、いずれも所定の懲役刑と罰金刑とを併科し、かつ、各罪につき情状により同法二三八条二項を適用し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、懲役刑については同法四七条本文、一〇条により犯情の最も重い判示第三の罪の刑に法定の加重をし、罰金刑については同法四八条二項により各罪所定の罰金額を合算し、その刑期及び金額の範囲内で被告人を懲役二年及び罰金一億円に処し、右罰金を完納することができないときは同法一八条により金二〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置し、後記の諸情状に照らし、同法二五条一項を適用してこの裁判の確定した日から五年間右懲役刑の執行を猶予することとする。
(量刑の事情)
本件は、営利の目的で、証券会社を通じて、多数回にわたり、大量多額の株式、転換社債の売買等を繰り返し行い、その売買益を全く申告しないことにより、多額の脱税に及んだという案件であるが、そのほ脱税額は、昭和六〇年分が四二二九万円余、昭和六一年分が一九一六万円余、昭和六二年分が三億一四一九万円余の、総計三億七五六六万円という甚だ多額なものであり、そのほ脱税率も、昭和六〇年分が七一パーセント余、昭和六一年分が五二パーセント余、昭和六二年分が九七パーセント余という高率に達しており、いわゆる大型脱税事犯に属するものであること、しかも、証券会社との取引に際しては、自己の妻や子供らの家族、更には、親戚の者の名義を使用しているだけではなく、自己の経営する会社の従業員に対して、自己のこれら従業員に対する優越的地位を利用して、これらの者についてその名義使用を事実上強制的に了承させるなどしており、甚だ多数の借名取引を繰り返していたこと、被告人のこれら株式取引等はあくまで被告人個人の取引であつたに過ぎないのに、自己の経営する会社の従業員で、経理担当の宮川秋男に命じて、これら株式取引等を行わせたり、或いは資金手当等を行わせたり、更には、会社の資金をこれら株式取引等に使用するように命じており、また証券会社に勤務していた経験を有する森田栄一を自己の経営する会社に雇い入れたうえ、結局は被告人個人のこれら株式取引等を専属的に担当させていたものであつて、自己の支配下にあるこれら従業員を被告人個人の犯罪に積極的に引き入れたものと評価すべきであり、公私混同も極まれりというほかはないこと等を総合すると、犯情甚だ悪質というほかはない。加えて、被告人が、捜査の当初ではあるが、性懲りもなく、右宮川に対して、捜査官には虚偽の供述をするように命じていることが窺われることも到底軽視できないところである。また、現在は、社会的にも公平かつ公正な税負担が強く求められている折から、被告人の本件所為自体、直ちに国家の租税収入を現実に阻害するだけではなく、多数の誠実な納税者の納税意欲を喪失させる虞が強く、ひいては現行の申告納税制度への信頼を揺るがし、国家の財政基盤を危殆に陥れかねないものであり、その刑事責任はまことに重いものがあるというべきである。ところで、被告人は、本件犯行の動機について、<1>自己の経営する会社の株式が著しく高額に評価されており、自己が死亡した場合、妻子が支払うべき相続税が莫大な額に及ぶため、その資金を用意しておきたかつた、<2>正直に高額の株式売買益を申告すると、高額所得者として報道され、自己の経営する会社の取引先から利益還元を迫られる虞があつた、<3>自己の経営する会社について、その取引先から強く資本提携を迫られており、右会社を乗つ取られる虞があつたし、また、右会社のために貢献して来た幹部従業員に自社株を持たせたいと考えていたので、この際これら幹部従業員名義で株式取引等を行い、その利益で自社株を購入させたいと考えていた、と弁解し、弁護人も、被告人のこれら弁解に依拠して、本件は、遊興費や贅沢な生活費欲しさから敢行されたものではなく、妻子を思い、会社を思い、従業員を思う気持ちが昂じて敢行されたもので、酌むべき事情がある旨主張する。しかしながら、これらの事情が同時に成立する可能性自体観念的にも甚だ乏しいと思われるうえ、関係証拠によれば、被告人が従業員のために自社株を実際にも分けることまで考えていた具体的な形跡は全くなく、現に被告人自身、従業員が自社株の株主になつたように装い取引先からの資本提携や合併話を阻止しようとしていた、とか、取引先との資本提携や合併になつても、従業員が株主となつた形式にしておけば、自分が配当を貰えてよいと考えた旨捜査官に対して供述していることからも、これを裏付けることができるのであり、要するに、被告人が挙げる<3>の理由も、結局は取引先からの乗つ取り話を阻止するという単なる被告人の個人的利益のために過ぎないのであり、従業員のためを考えたなどという被告人の主張は虚偽と断定するほかはない。続いて、被告人が挙げる<1><2>の理由も、所詮は自己の資産の蓄積を図つたに過ぎないと評価すべきものであつて、結局、被告人が主張する本件犯行の動機には酌むべき事由を見いだすことはできないというほかはなく、弁護人の所論には賛同する余地はない。なお、弁護人は、現行税制によれば本件ほ脱税額は劇的な減少を示すことや、実際には株式相場の暴落もあつて、特に昭和六二年分は多額の評価損が出ていたことを量刑上考慮すべきである旨主張するが、そもそも当初から全く納税する意思がなかつた被告人について、このような点を考慮すべき余地は甚だ乏しいというべきである。以上のような諸事情に、この種大型脱税事犯に対する一般予防の見地をも併せると、被告人の刑事責任は厳しく問われるべきは当然であり、このような見地を重視すれば、被告人に対する懲役刑についてはその執行を猶予すべき余地はなく、当然実刑に処すべきとの要請が強くなるのであつて、当裁判所としても最後までそのような処分を加えるべきではないかと考えてきたところである。
しかしながら、被告人が、本件所得についての本税は勿論、重加算税等をも加えて、全額の納税を完了していること、通常であれば、脱税事犯の場合には、多額の資産形成をしたり、遊興費等に充てていることが多いと思われるが、本件では、その利得を株式等に再投資したため、相次ぐ株式相場の暴落により、被告人所有の株式等には多額の評価損が重なり、結局見るべき資産を残すことに失敗したこと、相当期間にわたる身柄の拘束を通じて、本件の非を反省する態度が認められること、その他弁護人指摘の被告人に有利に斟酌すべき諸般の事情も窺われるうえ、更には、この種のいわゆるキャピタルゲイン課税については種々の議論があり、それ以外の所得に対する課税とはやや異なる問題点があるという見解もあつて、他の脱税事犯とは直ちに同列に論じられない側面があるという意見も無視できないことをも併せると、本件事犯の悪質さは否定できないところではあるが、この際、被告人に対しては、相当額の罰金刑を科すとともに、その懲役刑については執行猶予を付するのが相当である。
よつて、主文のとおり判決する。
(裁判官 大渕敏和)
別紙1
修正損益計算書
自 昭和60年1月1日
至 昭和60年12月31日
<省略>
別紙2
<省略>
別紙3
修正損益計算書
自 昭和61年1月1日
至 昭和61年12月31日
<省略>
別紙4
<省略>
別紙5
修正損益計算書
自 昭和62年1月1日
至 昭和62年12月31日
<省略>
別紙6
<省略>